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「ノー」を愛するプロジェクト?

「ノー」を愛するプロジェクト?

マーシャルのお話で、全ての「ノー」は下手に表現された「イエス」だ、というお話しがあります。

わたしはこれを、誰かが「ノー」という時にはそれは別のものに対して「イエス」と言っていることだと理解しています。

日常生活の中で、結構「ノー」とか「いやだ」という表現を聞くとダメージを受けてしまう自分がいます。

そして、相手への配慮があるので自分自身も「ノー」ということを表現することを遠慮してしまうことも多い気がします。

ところが、自分が「ノー」というのを遠慮したり、相手が「ノー」というたびにショックを受けて自分のニーズを手放したりしていると、自分のニーズが満たされない状況が増えてしまうような気がしています。

有機体としての自分が健やかに生きたいから自分の中にニーズは生じて、満たされたいからニーズは現れると自分は思っています。

だからなるべく自分のニーズが満たされる機会を増やすために、自分の中に「ノー」が出てきた時、もうちょっと丁寧に扱おうと思っています。

具体的には第一歩として、自分でも他社でも「ノー」が出てきた時に、その裏にある「イエス」に興味を持とうかと思っています。

そうすることで、今まで脚光を浴びてこなかった「ノー」の右奥にあるニーズが満たされる可能性が増すかもしれないので。。。

これを読んでどんな感じがしますか?

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全ての「ノー(いや)」は下手なやり方で表現された「イエス(はい)」だ。

Making LIfe Wonderful DVD 4/4. 6:40より


2022/11/24 No.145から

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