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自己批判の声を丁寧に見てみた
自分によく起こることとして、「自分はダメだ!」とい思いが浮かぶことがある。
「よく起こる」と言う言い方をしているのは、自分が意識的にそれを思い起こそうと思っているわけではなく、放っておいても勝手に思い浮かんでしまう。
今日はその思いを丁寧に見ていこうと思った。
この「自分はダメだ!」と言う思いはどこからきているのかを見てみると、こうありたいという理想の自分というものがあって、今の自分がそこから程遠いと評価・判断していることから生まれているということがわかる。
さて普段の講座で、人が言うこと、やること何かしら大事なことがあるからやっていると言うお話をするのだけど、自分が自分に「自分はダメだ!」と言っているときに、そこにはどんな大事なものがあるのだろる?
頭でそう思っているときに、体に何が起きているかに注意を向けてみると、全体的に疲れがあったり、胸のたりにイライラがあったり、胴体を通して居心地の悪さがあったりする。
それらの奥にあるものに繋がろうと注意を向け続けてみると、疲れとかイライラとか居心地の悪さの奥には、二つの思いがあることに気づく。
一つはこうなりたいという理想の自分がありそこに到達していないということへの不満、もう一つは自分を批判し続けてきた結果、優しさを求めている自分がいることに気づく。
一方では、自分の成長を願って自分にダメだダメだと言い続けている自分がいて、もう一方ではずっと「自分はダメだ!」と言われ続けて疲れてしまっている自分がいるのだ。
両方とも大変そうなのだけど、最初にもっと自分への優しさが欲しいという自分と共にい続けみる。
すると、イライラが悲しみに変わっていくことを感じる。
それは、自分に優しくしたくてもできなかったことからくる悲しみ。
その悲しみが出てくると同時に心に少しゆとりができるのがわかる。
そのゆとりができると、ダメだと言う声の奥にある自分自身の成長の願いの美しさをみることができる。
今までは「ダメだ!」の声のダメージが大きくて、その言葉の美しさを感じるゆとりがこれっぽっちもなかったのだ。
一方では自分の成長を大事にしたいと願っていて、もう一方では優しさを大事にしたいと願っている。
成長と優しさ自体は対立しないしそれぞれ美しい。
でもそれを実現する過程でい両方とも満たされない状態がずっと続いてしまうとしたらそれはとても悲しい状況だと思った。
丁寧に見ていくと、自分を責める声の奥にあるものとつながることができた。
普段はあまりにも自分の意識していない声が生まれてその反応が起こって頭の中が堂々巡りしてしまう。
手間がかかるのだけど、丁寧に見ていく価値があると思った。
これを読んでどんな感じがしますか?
2022/9/8 No.69から